どせいさんの かくればしょで ごじます。 ぽえーん。



         はじめての人は鍋底についての注意書きをかならず読んでほしいです。 どせいさんに ついてはこれをよむです。

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 そうです。
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・兄弟篇についてご存知ない方はまとめページからご覧下さい
単品記事を古い順にまとめてみました。よろしかったらどうぞ(上記まとめからも飛べます)

・この一年のおさらいをマスノさんが延々喋ります(前書き部分も残しました)

_____

・クリックするなと言ったろう、わからない奴だな。

・まだ喋らないぞ、今手が放せないんだ。まあ正確に言えば、目だが。こうして、いかにも「まだまだ」というこの瞬間が、最も焦げやすい。何を焼く場合に於いても、だ。
 話すことと言っても、なに、この街の連中のことだから、大した話じゃない。
 この一年、彼らは変わったようでいて変わってはいないんだ――地球創生以来、あらゆる『この一年』がそうであったように。
 期待しないでいてくれ、しがない屋台引きの与太話だ。精神科の患者の話を延々聞いて金を貰っている男の与太話、とも言えるがね。何れにしても、楽しい話題など無いに決まっているあたり、そう違いはない。
 さあ今日はとりあえずお引き取りを…いつまで僕の網を睨んでいるつもりだね?こうして、いかにも「焦げそうだ」という匂いを立てている間は、「まだまだ」なのさ。それは何を焼く場合に於いても。
 明日に僕の咽にカナブンが飛び込んで緊急手術などという事にならなければ――世の中、そういうアクシデントはまま有ることだ、虫の種類はさておき――ここでお話ししよう。この街の連中、美しかったり醜かったりする連中(だがしかし、彼らは押し並べて不幸だ)、あの男達の、変わり映えのしない一年というものを。
 明日まで君が僕のことを覚えていたなら、また此処へ来たまえ。僕も君のことを覚えているように…せめてこの炭火を消すまでの間…努力するとしよう。
__________

・やれやれ。ずいぶんと日が経ったが、まさか君は毎日此処へ来ていたんじゃあるまいな。この僕の与太話を聞きに、だ。全く以て、暇はというものは罪なものだな?
 とは言え、世間に害をなさないと言う意味では罪人ではない、と。まあ言い、何れにしても、僕とて罪人ではないと胸を張るわけにはいかない人生だからな――何せこの数日、『急患』なる者の相手で随分と残業手当を得た――約束通り、話をするとしよう。

・して、何の話だったかね?
 とまあ、これはほんの冗談だ。この街の連中の、さして変わりばえのしなかった一年、だったか。

・まあ一番変わりのないのが、あのちょっと知恵の足りない少年だろうな。そう、君らが『弟』と呼んでいるアイツだ…少年という年じゃないって?彼らの戸籍が明らかでない限り、年齢なんて信じられるものじゃないさ。あの様子はどう見ても、少なくとも30代のそれじゃない。知恵の足り無さを差し引いてもだ。
 美しさ、か…美しさが不変であるか否か、という論点は僕向きじゃないな。もっと、そう、僕より暇な人間と、酒でも飲みながらやるといい。僕は正直、彼の外観に興味はないんだ。
 ただ最近は、そうだな、もう半年以上、街で見かける頻度は減ったろうな。

・その要因が、あの筋肉バカの同居人だ。何でも、5トンだか10トンだかのトラックに撥ねられたらしい。上下がバラバラになっただの、手足が四散しただの、いろいろと耳にしたが、噂は噂に過ぎないし、隣町は管轄外の病院へ乗り込んで調べるほどの仲じゃない…見舞い?君にこう言っても良いかな?「何故僕が?」
 とまれ、リハビリにも時間がかかったらしいし、挙げ句ああした類の男にありがちな精神状態――俺はこんな艱難辛苦を乗り越えたぜ!という――に没入しているらしく、到底個人的に付き合いたい人間じゃなくなった、と言うべきかな。

・かくして健気なる弟君は、その看病に明け暮れていたというわけだ。そうした期間、街の連中は「街のアイドルたる弟クン」にほとんど接触できずに暮らしていたということになる。
 君も少なからず彼の影響を受けているだろうから――こうして僕から話を聞き出そうと待っていたくらいだからな――あの荒んだ街の荒んだ連中にどういう変化があったか、薄々は想像がつくだろう。
 最初に会った時に僕は言った筈だったな…彼らは変わったようでいて変わってはいない、と。その『変わっていなさ』というものにも、及びがついたことだろう。

・あの丸虫のような絵描きには、一人で過ごす時間が増えたことは大いなる痛手だったようだ。それを地球レベルで考えた場合、孤独な中年男が生きようが死のうが、という程度だろうがね。
 酒と薬、そして薬と酒。循環していく中で、何をどれだけ飲んだか把握できなくなるのは自明の理だ。『天然型オーヴァードーズ』とでも言うべきかな。
 彼の場合、例のサイみたいな体型の弟に発見された――これはあの絵描きにとってはむしろ不運だったかも知れないね――そして、僕の勤務先たる桜辺医科歯科大学の、全員海兵隊上がりみたいな風体から成る救急救命病棟にて手荒な胃洗浄を繰り返した後、同院精神科病棟へ数ヶ月のゴージャスな長期ご宿泊と相成った。
 その間のサイたるや、哀れなものだったよ。こいつは元はこんな顔立ちだったのか、と驚いたものだ。痩せようと思えば人間痩せられるんだなあ。本でも書くべきだろうか?心的外傷ダイエット、とでも?
 だが結果として、彼らの暮らしぶりは元に戻った…絵描きは部屋に籠もって絵を描き(酒と薬はサイに管理されてはいるがね)、サイの方は馬鹿にならなかったらしい入院費を稼ぐために今まで以上に奔走している。何、結局の所、彼らは一人じゃない。共依存とはああしたものを言うんだろう。一心同体、羨ましいとは思わないかね?

・そう、もう一人、冥府を覗いてきた男が居るんだった。不動産屋だよ、あの暑苦しい顔のね。彼の場合は、岡っ引きの発表では“事故”とされている。第一発見者である、あの親友の証言が確かであれば、それはそうなんだろうな。
 だが、明らかに身に合う薬を見つけられずにいて、常に自己評価の低い鬱病の男が、相棒が留守にした僅かな間に風呂場のノブに襟を引っかける事故…というのは、論を俟たないだろうね?
 彼もまた入院生活を余儀なくされたが、サイ以上に参った様子だったのは、あの相棒の方でね。人類は誰しも他者に対しては無力なもので、それを理解してしまえば生きていく事など難儀するわけがないんだが、彼はそこまで到っていないんだな。ひたすら襲い来る無力感、相方が自分と世界に見切りを付けようとしたという事実。そう言えば痩せたよ、彼も。これもまた典型的な共依存とは言え、悪い典型だな。

・ああ、あの黒っぽいチンピラ二人も、弟クンに合わせて行動しているせいか、この街では余り見なくなったな。
 聞くところに寄れば、彼らこそ「変化ナシ」だそうだ。もし彼らを気に掛けている変わった人間が居るとすれば、一安心と言うところかな。僕に言われれば、その変人の方が心配だがね。

・変人と言えば、あのもじゃもじゃした変人も、小康状態にある。病膏肓に入ると言うが、収まるところへ収まったとも言える――SAN値がゼロに落ち着いた、なんて表現は理解できるかい?
 むしろ危険な状態にあるのは、白いのっぽの方だ。あいつは自分の危険性を理解していない、しようともしない。うっかり僕がさっきのように口を滑らせてから、ルルイエへの憧れを募らせているように見える。まあ、あいつが深きものだとしても全く驚きはしないがね、何せあのご面相だ!
 あいつが川面を見下ろしているのを見かけるたびに、飛びかかって…引き留めようとしたくなるのか、いっそ突き落としてしまいたくなるのか、僕にもわからない。

・ええと…他に誰か居たかな?
 そうそう、あのひょろ長い警邏、彼は何だか随分栄養状態が良くなったようだ。何でも、離れて暮らしていた弟が事業を興して、それが軌道に乗ったとか何とか。正確なところはわからないし、詳しく聞こうとも思わなかったが、少なくとも仕送りに当てていた分の給料を、丸ごと食費に充てられるようになった、ということだ。
 その連れの黒ずくめの刑事が居たな。あいつは何だか忙しいらしい。何せ“本職”だからなあ、僕の小耳に挟まってくるような情報は漏れてこない。忙しくしているらしいと言う事は、日本国民の安全を脅かす何らかの事件が発生したと言う事だ。それもまた、そもそも荒みきっている小さな街で暮らしている我々には、さして重要な問題ではない…と言ってしまうと、このご時世「不謹慎だ」と言われるんだろうな。

・ああ、最も変化のない男を思いだした。サイの店の料理人だよ。ラーメン?チャーハンだったか?
 絵描きに聞いただけでも、曰く「生きていても良いことは何もない」「金がなければ何もできない」「世界に俺の居場所などない」「誰も俺を愛さないし俺も誰も愛さない」と。
 何とまあ若々しい、と僕は笑ったね。その精神年齢の若さなら、当分元気で生きていられるだろう!肉体年齢との兼ね合いだけが問題だが、それはそれだ。
 あの調子で脳内が思春期に固着した存在というのは、僕が知る限り“永遠に老けない”ね。ずっとあのまま、世の中を倦み続けて生きていく。その不変性というのは、ともすれば古来から人々が追い求めた『不老不死』に近いものじゃなかろうかと思うんだが、どうだろう?

・そんなこんなで…、最も生活が変化したのは『兄』だろうか。
 何せ、足を洗おうとしていた仕事へ戻ろうとしているらしいからな。あの筋肉の入院費か、或いは他の目的でもあるのか(僕の知った事じゃない事には変わりない)。
 たまに見かける横顔も精悍になって、年相応に見える。「いっちょまえになった」とでも?元が元だけに、笑いしかこみ上げないがね。

・さて、これで一通り話したつもりだが…もし聞き足りないと思うのであれば、その部分に関しては“僕が飽きた”んだと思って貰えれば互いの為になるんじゃないかな。

・僕がこうして連中を見ていて感じるのは、とにもかくにも日常は不変だと言うことだ。車に撥ねられても、親友が首を吊っても、その次の瞬間からそれを含めて森羅万象が日常になる。
 異常が異常である瞬間というのは本来ごく僅かで――その瞬間に留まっていられるのは、もじゃもじゃのような人間。既にその瞬間を過ぎているのに異常だと感じるのは、絵描きやチャーハンのような人間…わかるね?
 日常は続く。それはもう、永遠に続く。本人が死んでも、それすら飲み込んで続いていく。それが複数交差して循環しているのが世界と言うものだ。
 それを恐ろしいと感じる連中の気持ちは察することができるよ。それは職業的な訓練としてね。だが、僕はもう全てを諦めて流されるままだ。そしてこうやって、目の前の行き交う人間を観察しては嘲笑する…そういう卑しい人間として確立しているんだ。

・「とんびのおっちゃん」
 「やあ、君か。ずいぶんと久しぶりだな」
 「うん、ひさしぶり。ひそがしかってん」
 「忙しかったんだな」
 「そう。ねえ、だれとはなしてたん?」
 「うん?もう居なくなったか。何、この街に住み着いた、そこいらをウロウロしてるようなやつだよ」
 「ねこ?」
 「そうかも知れないな」
 「なぞなぞみたいや」

・「けどおっちゃんがここにおってよかったなあ」
 「何故だい」
 「なんやわかれへんけど、ここにいつもおるひとがおれへんかったら、なんやさみしいとおもう」
 「それが“いつも居るわけではない”僕でもかい?」
 「うん」
 「…そうか」
 どうやら、この街の日常には僕も含まれているらしい。この一年かそこいら、つまり、全てはそういうことだったのさ。

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