兄弟篇についてご存知ない方は
まとめページからご覧下さい
・追記部分は暗いしBなのでホモの話です(エロは無し)
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・街の外れ
ギターケースを肩に掛けて歩いているB
そのすぐ隣にサックスのケースを下げているA
見る者が見れば日頃とは違うことに気付く
・オカラさんの車とすれ違う
その助手席から不意に弟が顔を出し「くろいおっちゃーん!」
ギクリとするB、項垂れるA
・「ぐうぜん!めっちゃぐうぜんやね!どこいくん?」
「ちょっとな」
「そうや!あえてよかったー。これ!こないだのおれい」
カバンをゴソゴソ探り、スケッチブックから挟んであった絵を取り出す
クレヨンで描かれたクロッカスだ
「あのはなさいてん!あんときはほんまありがとう」
「ああ」受け取りながら、やはり俯くB
「あれな、はながおわったらな、兄ちゃんがなんやあんじょうしてくれるいうてる。きゅーこんをな、もっとくねんて。したららいねんうえたらな、またさくねんて」
「…そこまでしなくていいよ」
「なんで?」
・A、険しい表情の小声で「オザーサン、そろそろ行かないと」
「わかってる」
運転席のオカラさん、感心なさげに口笛を吹いているが横目でじっと見ている
・「ほなな」
「ああ」
もらった絵を丁寧にたたみ、胸にしまうB
走り去る助手席から手を振っている弟
Bは振り返らない
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艶のない塗装の愛車で目的地付近へ乗り付けた
0時を回り、全ての店がCLOSEの看板を出している小洒落た街並み
一際明るい光を放っているのはブライダルサロンのショーウィンドウ
そのすぐ隣のシャッターの前にバイクを止める
光の後ろには闇がある
教訓めかした意味でなくとも俺のバイクは影のように気配を消した
ブーケを持ったマネキンの白いドレスが目を焼くようで
目を逸らせば夜と仕事の暗い重さがまた視界を奪う
黙りこくっている自分に苛立ちを覚えた
もうガキじゃない。全てが、何を今さら、だ
ギターケースを担ぎ直して一人ごちた「似合うかな」
潤はわざわざドレスを振り返って応えた「バカなこと言ってないで」
そして、足早に背後につけながら驚いたように言い添えた「え、どっちにです?」
つい先程まで路上ライブの行われていたであろうビルの渡り廊下
手すりから身を乗り出すまでもなく、一ブロック先の繁華街が一望できる
人通りのなくなった中でギターとサックスを練習しようとする男、
或いは巧くいかなかったライブの帰りか
少なくとも俺たちはこの仕事をしようとしているようには見えないはずで
土台そう見る人通りも周囲には見当たらない
数十分の後、見据えていた雑居ビルから数人が零れ出て来た
目標は探すまでもなかったが潤が耳元で再確認している
俺は人差し指を軽く動かすだけで良い
撃たれたことにすら気付かず死んでいく男
周囲の人間もそうと気付くには時間がかかる
(実際、医者へ運んで初めて知ったという者も居たくらいだ)
俺たちは手際よく、しかし焦ることもなく身支度を整え、来た道を戻った
帰り道、俺の脳裏にはあのウェディングドレスが焼き付いていた
偶像としての。決して手の届かない夢幻としての。
あれは確かにそこに存在していただろうが、俺の中には存在しないのと同じだ
あの子はあのドレスを着ない
あの子は男だからだ。男はウエディングドレスを着たりしない
そしてあの子は俺を愛してくれることなどない
あの子が男で、俺も男だからだ
そして、俺は理由がそれだけでないことを知っている
決して愛してもらえない本当の理由を痛いほど解っている
背中に取りついている潤が「飛ばしすぎです」と肩を叩いた
無視してフルスロットルで疾走した
逃げなければと思っていた
何かから逃げなければ、俺は生きていけなくなる気がした
根城の近くでマシンを止めた時
潤は無言で俺を殴った
俺は言葉も拳も返すことなく胸ポケットからあの絵を取り出した
細かく破いて、夜風に任せた
潤が目を見開いているのを視界の隅に捉えながら
俺は一人の部屋へ歩を進めた
誰も待っていない部屋へ
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