兄弟篇についてご存知ない方はまとめページからご覧下さい
・助長
・しかもオチつかず
・その視線の先にはテーブルに額を付けている不動産屋
スープの中のレンゲが小さく回転しているところを見ると意識はあるようだが、果たして
・庄司、傘立てに3人分を納めながら「ど…どげんしたとですか」敢えて軽い調子で聞いて見るが、
礼二が片手をパタパタ振り「無理無理」と
・絵師はクスクス笑いながら「ケンカしてんて」
「ケンカ?」庄司ポカーン
「いぬきちさんと?」弟は最初にそう誤読してから不動産屋の相方をそう呼んでいる
「他に居るかいな」礼二鍋を回しながら「ええ年こいて」
「なんで?」弟、隣へ座って「なにしたん?」
「昼からずーっとその調子や、聡なぐさめたり」
「んー」頭を撫でながら「なかなおりしー。どっちがわるいとかいわんと」
意外そうな顔で礼二が一瞬手を止める。絵師は箸を手の甲で二回転
「なんでもええからはようになかなおりしたがええよ。こないしてるじかんもったないておもうであとで」
・「ケンカかー」庄司大きく唸って天井を見上げ腕組み「オレ…したことねえなー」
「ボンボンやからか」ネギミソラーメン大盛りチャーシュー2倍一丁
「そういうことじゃないと思うんだけどなー」箸を割った姿勢のまましばし考え込んでいたが、不意に兄へ顔を向け「したことないっすよね?ケンカなんか」
兄、水を飲んでいたので「ぶ?」ちょっと吹きかけて「ん?俺?と聡?」
「はい。」
「うん、ないよ。あ、ある。一回だけ」
「え、あるんすか?」
「ずっと前な」目の前に置かれた温たまチャーハン二膳、弟を手招きしながら「もうずーっと前な。な」
「うん」兄の横へ座る弟「ずーっとまえ」
・食べ始める兄弟
庄司、ちょっと麺をたぐってから、やっぱり「きー…聞いてもいいすかね」
「あ、聞く?」兄びっくり「ええのかなって思って」
絵師遂に声を出して笑い出す
・「飴やったよな」
「うん、あめ」
「飴をな、舐めたまんま寝てたんや。聡が。絶対ダメ言うててんけどな。あん時俺が帰る言うてて帰れへんかってんな」
「うん」
「そんで待ってる間に舐めながら寝てもうたんやな。そんで俺が明け方帰って、気ぃ付いて、そんでちょっと怒ってん」
「うんとおこった」もぐもぐ
「…うんと怒ったかな。そっか」
「信じらんないす」ツルツル
「まだ俺もガキやったしな。あん時めっちゃいろいろあってな、イライラしてて、そんでちょっとガーッて言うてん」
「『もうしらん』ていうた」
「そうやそうや。『言うこと聞かれへんのやったら兄ちゃんもう知らんで』って言うたんや。したら聡も言い返して来てん。何や俺が約束破ったとかそういうこと」
「兄ちゃんもかえってくるいうてたのにかえってけえへんかったやんかっていうた」
「そうそう。そんで俺も…他、他何言うたかな、何やとにかくめっちゃガー言うて俺部屋出てってもうてん」
「え」
「朝…5時6時くらいやったかなあ。あれいつやった?春?秋?」
「はる」
「そうや今くらいや多分。桜がまだやとかなんやそない言うてた頃や。その日の出くらいの頃。もうそのまんま居られへん感じになって、もうとりあえず外行きたなって。そんでちょっとそこいらブラブラして、駅の立ち食い蕎麦で朝飯食うて、そんでも結局眠いから帰ったら」弟を見遣る「居れへんのよ聡が」
・兄、水をお代わり「どこ行ったかも全然わかれへんし、探すも何も、もうわーってなってもうて」
「目に浮かぶようやなそのテンパリ具合」礼二ゲラゲラ
「テンパるよそれは。必死よ何かあったらて思うし、街中走り回って、したら雨降り出すしやな、もう半泣きなって名前呼んで。見つけた時もう俺ら二人ともびっしょびしょでな」
「さむかった」
「そうそうどんどん寒なってガッタガタ震えてな。したら聡が先に謝って。それは覚えてんねん『どこへも行かんといて』ってな」
「うん。なんでもいうこときくからどこへもいかんといてっていうた」
温泉たまご食べながら普通の顔で言い放つ弟。しかし庄司胸が詰まって思わず目を逸らす「何でも…」
「うん。そんで俺も悪かった悪かった言うて。そんで終わり」
「言うてもそれケンカか?」礼二オタマの柄で帽子を直しながら「何やむず痒いモン聞いてもうたわ」
「どうやろ。これケンカか?」庄司に聞く兄、弟にも聞く「ケンカかな?」
「むう」腕組みして考え込む庄司「オレもやったことがないのでわからないです!」
・雨風が強まったのでチャーハンが立て看板を片づけに外へ出た
ちょうど不動産屋の相方の軽トラが止まったところ。
暖簾をくぐった“いぬきちさん”に不動産屋駆け寄って「堪忍しちゃりやい」土下座「俺の悪かっちゃけん」号泣!
「よか」短く応じて襟を掴んで引き上げ、助手席へ押し込む
礼二はカウンターの中でツケておくと手で示し、軽トラは静かに去って行く
・「そうやそうや、今くらいや」レンゲくわえたまま感慨深げな兄
それを首を傾け見上げる弟
「うーむ」庄司、瞳孔開きつつ洞察「どうやったらできんだろな、ケンカ!」
絵師クスクス笑いながら「こないしたらええねん」箸袋を丸めて礼二に投げつける
礼二は背中を向けたままオタマで打ち返す
「今日はアカンな」クスクス
「ケンカも技術やで少年」礼二白菜をザックリ切りながら講釈
「技術かー」
・弟、不動産屋の座っていた椅子を戻し、食器を運んできながら「けんかなんかせんほうがええよ」
「そうかー」ムツカシイ顔の庄司
微笑んで頷く兄