・兄弟篇についてご存知ない方はまとめページからご覧下さい
・絵師鬱満開

　マスノさんの屋台で焼きイカ食べている絵師
　椅子と缶ビール持参で長居する構え
　マスノさんはどうせ客が少ないからどうでもいい

　ふと顔を上げると遠くを亮と聡が歩いていく
　聡は亮の袖を掴んで、しきりに顔を覗き込んで話しかけている
　「背が」絵師クスクス「あない大きなるもんやな」

　不意に表情を収めて「あんなやったわ」
　マスノさんイカを返す手を止めずに「何が？誰が？君か？ああ礼二か」
　「そう」
　「どれだ」
　「礼二や」

　「いっつも俺の手引いて、あないして喋って
　前向いて歩け！言うてもずっとあの調子やったわ
　背ぇ越されたん随分ガキの頃やけど、そっからもずっとや」

　絵師、目が潤んだのを気取られまいと俯く
　「何や言うたら兄ちゃん兄ちゃん見に行こ言うて
　デカイ犬やら新しい家やらヘリコプター飛んできたーやら
　あととにかく電車やな、電車見に行こう言うてどこ行く言うたら踏切や
　踏切に親のない兄弟二人並んで何時間も立ちんぼで
　もう何回職務質問されたかわかれへん

　言うたことあるやろ？あいつ電車大好きやねん
　どっか行く言うだけやのうて電車乗るだけでも面白いねんて
　もう忘れてるやろけどあいつガキの頃『夢がある』言い出してな
　電車乗って日本中回んねん言うてな
　各停でやて！
　兄ちゃんも連れてったんねんってそんなん連れていらん言うたけど

　あいつ、俺がこないなってからそんなん言わんようになった
　俺が外嫌いやから気使うてくれてんねやろけど、ホンマはどうなんやろ
　自分で運転して手弁当で駆け回って
　電車みたいもん悠長に眺めてるヒマあらんようになって
　可哀想やな、可哀想なことになってんな
　俺がしてもた、可哀想なことにしてもうた
　叶えてやりたかったなあ、夢、叶わせたりたかった」

　恐らくは泣き出したであろう絵師の後ろ頭に
　マスノさん短く「叶う夢の方が少ない」
　何度も頷きながらも、顔を上げることが出来ない絵師