・博は弟に連れられ初めて中川飯店ののれんをくぐった
オカラさんが他の仲間を送って行ったきりなかなか戻らないので
ここで待たせてもらうことになったのだが
外食どころか店に立ち寄るだけでも恐ろしいのに、ここの料理人の性格の悪さは評判だ
席に着くなり睨まれて震えが止まらない
それでも弟オススメの品はすぐ出てきて
料理人は背を向けてくれたので少しホッとした、が
「これ、中味はない…の?」
「うん」
「あ、そ、そうなんだ」
いろんな意味で早くオカラさんに助けてもらいたい
不意に大きな声と共にサッシが開き博はガワを喉に詰めた
大きな音も恐いが大きな声はもっと恐い
それが野太い男の声なら尚更だ
五分刈り無精ヒゲで開襟シャツの胸に喜平の金鎖なら尚更だ
・「居ったなあ聡君!」博など全く眼中にない様子で弟の隣に腰掛ける
弟は一つ隣にズレるが、さらに迫る。また避ける、それを追う。
結局弟はカウンターの隅、絵師の定位置にまで追いつめられた
「まあ聞いてくれや聡君、聞くくらいええやろ、な
ビデオも始めたんや。ビデオ。わかるやろ?
店にはな、出たない言うんはわかる。兄ちゃんにバレたらアカンからやろ?な?そういうコらの為にや」
肩を抱かんとする、必死で身を捩る弟、何もできない博
「一本でこんだけや」指で値段を「何もせんでええねん、聡君は寝てるだけでええ、そんでこんだけもらえんねんで」
・「もういやや」弟泣き出しそうな顔で「もうそんなんききたない」
「何でや?ええ話やないか!この顔、このスタイル、遊ばせといたら損やで、罪悪やで」
「かおのこといわんといて!」
「何でや何でや!美しい顔、財産やないか。この顔だけでナンボ稼げる思う?その気なったらトップ立てる顔やどんな世界でも!そういうサポートは任せとき、責任持ってトップにさしたるから」
「そんなんなりたないもん!」
「せやから何でやねん?この顔だけで金になんねんで?」
「そんなんそんなんイヤやねんおれもうイヤやねんそんないわれんのイヤやねん!」遂に弟泣き出した
・しかし肩を掴んで食い下がる「なあ、なあ、聡君よ。兄ちゃんにな、面倒見てもろてんねやろ。迷惑かけっぱなしやろ。自分でな、ナイショでな、お金稼いでやな、ええ思いさしたろ思えへんか?聡君自分一人でやったら何にもでけへんやろ?したら顔やないか。なあ?聡君は何もでけへん子ちゃうねん、この顔だけでナンボでも稼げんねんで。寝てるだけでこんだけもらえんねんで!したら兄ちゃんにも恩返しできるやろ?なあ、恩返ししたいやろ?美味いモン食わせてやりたいやろ?」
・遂に博、乾坤一擲止めに入る「い、嫌がってますから」
「うっさい黙っとれ」その博を軽々と突き飛ばす
博がテーブル席に腰をぶつけた次の瞬間、店内には銅鑼の音が響き渡った、ように博には思われた
その直後何かが倒れる音、ガラスの割れる音、そして怒号。
博は咄嗟に目を瞑っていたが、恐る恐る目を開けると開襟シャツは顔から血を流して床に倒れていた
・「帰れ!」チャーハン顔面蒼白、中華鍋片手に激怒「出て行け!」
銅鑼の音は開襟の頭に中華鍋の底が当たった音だった
「飯も喰わんとベッラベラベラベラ…」
「おい!何をしてくれてんね」立ち上がろうとしてよろける「うった訴えたるぞ!」
「じゃかっしいボケ!帰れ!お前みたいモンに食わせる飯あれへんわ!人の魂金で売り買いしくさって!クズじゃ!お前みたいモンは人間のクズじゃ!出て行け!」
その剣幕に弟も博もさらに怯えている
そして遂に「覚えとけよ!訴えたるからな!」床に落ちたグラス、飛び散った水と血、倒れた椅子を避けながらヨロヨロと店を出ていく風俗店の店長
「おい何や何やどないした?!」店の裏手から礼二が顔を出すが、店内の惨状を一目見るなり顔を覆う
・博、おずおずと弟に歩み寄って背を撫でる
チャーハンは憤然と店の裏へ消えていった
礼二はホウキとちりとりとモップを持って出てきて「何か甘いモンこさえよか」珍しく先んじて慰める
・その頃外の通りではキキードンガシャ的な音が響き渡っていた
「どうしようどうしよう潤オレ人はねちゃったよ!」
「元々血だらけだったし走って逃げて行ったからいいんじゃありませんかこの際バックレましょうよ」
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