目の前に、探してやまなかった姿があった
「お父ちゃん」
向けられるのは笑顔だ
こんなとこに居ったんか、ずっと探してたんやで
いや、お前、どこに居ったんや
そもそもお前は
「お父ちゃん、お母ちゃんは?」
お母ちゃんは、もう、居らんのや
ちゃうぞ、お前が居んのやったら、お母ちゃんもきっとどっかに
「お母ちゃん、まだ家ん中やねん」
指差す方を振り返る
紅蓮の炎
「お母ちゃん助けに行かな」
あかん!入ったらあかん!お前はここに居れ、俺が行く、俺が
あの日は間に合わなかった、今日こそは、今日こそは
ドアを蹴破るようにして開ける
室内は一面の白、そして医療機器の電子音、酸素テントの反射
「おとうちゃん、いたいよ」
せやから、せやから入ったらあかんと
痛いか、熱いか、手を握ることもでけへんのか
「おかあちゃんは」
お母ちゃんは、お母ちゃんは、
違う、大丈夫や、大丈夫やから、お前も頑張れ、きっと助かる
「おかあちゃんのとこ、いったげて、ぼくはだいじょうぶやから」
そんなことを言いな、お父ちゃんはずっとここに居るから
ああどうか、もしこの子を持っていく気なら、神様、
あいつがまだ天国へ着かない内に、この子も
せやかてこの子はすぐ迷子になる子なんです
あいつとはぐれたらすぐ迷子になるんです
せやからもし連れて行くなら、一緒に
今ならあいつもまだそこいらに
そしたら俺もすぐ後を追いますよって
「おとうちゃん、ぼく、もうだいじょうぶやで」
笑ろたりせんでええねん、痛いんやろ、熱いんやろ、
俺も同じだけ痛い、同じだけ熱い、今すぐ死ねるくらいに!
「おとうちゃん、ぼくずっとみてるから」
俺を?ずっと見てくれる?何もできなかった俺を?助けてやれなかった俺を?
「おとうちゃん、いちばんになってな」
あかん、俺はもうあかん、もう戦われへん、
お前とあいつが居らんようになって、どないしてこれから一人で
不意に目の前から全てが消える
何もない、何もない真っ黒なガレージ
俺はたった一人や
「オカラさん」
呼ぶ声に顔を上げる
目の前に、探してやまなかった姿があった
「お父ちゃん」
向けられるのは笑顔だ
ああ、今度こそ、今度こそ助けたる、今度こそ二人とも俺の手で助け出す
そのドアへ走る、炎の中へ飛び込む
今度こそ間に合ってくれ、今後こそ
「オカラさん?」
肩を叩かれ、岡田は目を覚ました
芝生の隅でいつの間にか眠っていた
目の前にあるのは心配そうに眉を寄せた弟の姿だ
「ないてんの?」
「ん、いや?泣いてないで?アクビやアクビ」大げさに伸びをして見せた
弟はじっと目を合わせている。あらゆる嘘が通用しない、澄んだ瞳だ
「なんや、かなしいこと、あったん?」
岡田は笑顔を無理に作るのを止めた。この子の前で嘘をつくのは、この子に対する冒涜だと感じていた
「悲しいこと、あったのよ。もう、ずっと前にな」
弟の頭を撫で、今度は心からの笑顔を見せた
「けど、今は大丈夫や」
もう、ずっと前や
15年も昔のことや
――まだ、たった15年
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