兄弟篇についてご存知ない方は
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・春の午後
河川敷のグラウンドでは、巡査の所属する草野球チーム『ジュンサーズ』が久々の試合。
新調したユニフォームも清々しい(胸のロゴはJunsers:アトランタブレーブス風)
警察学校時代の同期に「とにかく何かしょーな!サミシイやんけ!」と強引に結成したチームである。現在では先輩後輩入り乱れ練習量もバラバラ、いわばグダグダのチームではあるものの、巡査にとってはかけがえのない時間。
・それ故に野球の経験もないくせに投手を引き受けてしまって、へっぽこ球を痛打される日々ではあったが、今日に向けて猛練習を積んできた…らしい。
観戦の誘いを忙しいから、と一蹴しようとし、電話口で「お前トモダチやろ!トモダチちゃうんか!お前は俺のトモダチちゃうんか!」と泣かれてしまったモノは、一応階段に腰掛けてはいるものの、非常に居心地が悪そうだ。
黒いスーツにアブがまとわりついて仕方ないので、上着だけは脱いだ。それでも白いシャツ黒いネクタイが陽光と芝生に浮く浮く
・ピクニックシートの観戦席にはメンバーの家族の他、弟が陣取ってはしゃいでいる。こういう行事を愛しているし、何より野球を間近で見るのは初めてだ。
隣に座る兄は片足だけ投げ出している。踝にペットボトルが立てかけてある。
・相手チームは近隣大学の夜間部の野球同好会。グダグダにとっては強豪である。
「しゃ、しまってこーぜ!」
マウンドでいきなりカんだ巡査に、モノは俯いた。
・開始早々ヒットヒット四球四球(以下略)で、たちまちの内に6失点。
土手の上を通り掛かった赤い顔の不動産屋、ここぞとばかりにヤジるヤジる「なーんばしょっとかーへこたれんの早かねー」
しかしリリーフ要員はない。両手に野菜を下げて帰ってきた庄司が驚くことにはジュンサーズは9人きっちりしか居ないようだ…
・そして予想される出来事がきっちりと発生。練習不足の面子の肉離れだ
「あかんあかんこんなんで負けられへん!誰か!代打!お客様の中に代打の出来る方はおられませんか!」
ふと庄司と目が合い
「その筋肉!俺に貸して下さい!」
「筋肉は貸せないですよ!それにオレ野球やったことないし!それにオレ目が…」
「なーんのえずがりようとや!めくらめっぽうに振ったらよかったい男でっしょうもん」
・かくして咄嗟にヘルメットかぶせられバットの握りも定かでないまま打席に入り、とりあえず振ってみたら筋力だけで外野を越えた。
弟大はしゃぎ。庄司二塁ベース上で瞳孔開く。「すごかすごか!中西のごとぁる!」
・しかし三塁に滑り込んだ別の面子が肉離れ「どんだけ練習不足ですか先輩!」巡査の声は悲鳴に近い「誰か!代走!誰でもええから!」
弟と目が合い、一瞬静止する巡査。しかし弟キラキラした目で見つめ返す。
「は…走れれます?」カミながら
兄を見る弟。兄、ベースを指差す「見ててわかったやろ?あの白いのんを踏んどいて、球が飛んだらあすこへ走ったらええの」「わかった!」
ノリノリの弟に巡査は不安そうだが、幸いツーアウトなのでとにかく走ってくれば良いわけで…
・続く打者の打球が一二塁間を抜けた。
その瞬間、弟はパーカーのフードをなびかせて疾走した。見ている誰もが驚く程美しいフォームでホームに滑り込んでくる。
そして兄を振り返って「これでええの?」という顔。続いて帰ってきた庄司、思わず腰から抱き上げて歓喜。兄も大拍手。不動産屋も丸めた新聞紙がクタクタになるまで膝を叩く。思わず腰を浮かせていたことに気付き、静かに座り直すモノ。いつの間にか居たボケナス大爆笑。
・そして攻撃が終了した時、巡査は愕然とし、しかし決心した
「守備に、ついてもらえませんかね」
「えー?!」「やる!おれやりたい!」
庄司は「放って来る球取ってくれたらいいですから」「重要なポジションじゃないんすかここ?!」一塁へ
弟は兄のレクチャーを受けレフトへ
・だがライトが自分の足につまずいて転倒し盛大に鼻血を出すに至り、流石の巡査も諦めようとした
が、弟がしごく当たり前のように「ひろし!ひろし!あすこ入って!」
怯えた様子の博はグラブを受け取り、鼻血の跡にちょっと震えたりした
・その後打撃投手の如くバカスカ打たれる巡査の背後で、弟と博は八面六臂の大活躍を見せた
相手選手も目を見張る足の速さ、動きの軽快さ
肩は強くはないが打球の落下点にきっちりと入ってくる
「あの施設でくさ、野球ば教えとぅと?」不動産屋ワクワク「往年の西鉄のごたる!」
庄司も手の届く範囲は全ておさえている
・「もっと近くで見ればいいじゃありませんか!」
「いい、もういい、これ以上は無理」携帯差し出して「潤撮って来てお願い」
・試合が終わるまでの数十分、弟は生まれて初めてのチームプレーを満喫した
自分がこんなに速く走れると言うことも初めて知った
しょー兄や博と声を掛け合い、笑い、走り、時に転んだりしながら、
それを兄や大勢の好意に見守られていることの幸福を知った
くたくたに疲れたが、この上なく幸せだった
・試合が終わり、結果は惨敗ではあったが、
庄司も弟も博も整列して握手を交わした
そして巡査は相手の主将に「あのユニフォーム着てない3人凄いな!」と言われた
モノはもう慰めるのは止そうと心に決めた
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・ボケナス、ヤジろうと思って見ていたものの不動産屋が全て先手を打つのでつまらなかった
そして「めくらめっぽう」の部分で思わず小競り合い
「アイツはメクラじゃねえよメクラって言ってやんなよ」
「なーん言葉のアヤでっしょうもん」
・試合終了後、兄の踝は腫れ上がっていた
「だーからすぐ病院行こうって言ったじゃないすか!」
「見たかったの野球見たかったのよ」
仕事先でちょっとひねったのである。その後、不動産屋のトラックに乗せてもらって病院へ
・不動産屋のトラックの運転席にはその相方が寝ていたことに誰も気付かなかった
・相手チームは3つ隣の駅の『裏方学園』
今日の試合の面子は成井、平山、笹野、浦川…
・そして大活躍のご褒美ということで礼二のお店でテイクアウトすることになった
それはまた別のお話
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