・書けるもんだね!( ´∀`)
2000字くらいチマチマ更新すればいいのか
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二人は瓦礫の山に並んで腰掛けていた。
視線は互いにあらぬ方を向いている。片や両足を投げ出して天を仰ぎ、片や眼鏡の曇りを拭っている。
覇気は感じられない。増してや、この世界の生き残りなら少なからず身に纏っている殺気は、微塵も感じられない。
むしろ漂わせているのは余裕から来る怠惰であった。あたかもこの世界が退屈極まりないものであるかのような有様だった。
天を仰いでいた大柄な男はそのまま大の字になり、背に当たる瓦礫に悪態をつきながら履いていたサンダルを蹴飛ばした。灰色のパーカーの中は襟の伸びきったTシャツ。元は真っ白であっただろうズボンは野球のユニフォームだ。そこかしこに大きな染みがあるが、濃紺のストッキングは律義に臑まで覆っている。
「やだやだーもう」
体躯に見合わぬやや調子の高い声で、男は子供が口から出まかせを歌にするように一人ごちた。
「ボケは魔法ーツッコミは格闘ーじゃあ俺らは何よー結局さー生きてるだけじゃ面白くも何ともないじゃーん」
かつてピエール瀧と呼ばれたその巨漢は、駄々っ子のように身をよじり、そして再び細かな瓦礫に当たり散らした。
小柄な眼鏡の男は呆れた表情を大きく作り、顔の前で指を振って見せた。
瀧はその指を捉えようとするが、翻したコートで遮られる。
名脇役として名を馳せた八嶋智人は、白シャツに蝶ネクタイ、ベストには豪奢な刺繍を施し、その上にくるぶしまであるコートを羽織っている。風体だけ見れば紳士のそれかも知れない。しかしこの荒涼とした地平に留まっていると飛べない蝙蝠のようだと瀧は囃した。
それでも八嶋は優雅な仕種で腰に手を当て、寄宿舎で生徒を叱る教師のように指を立てた。
そこから先の催し事がないのは瀧も承知の上だ。芝居でもコントでもライブでも、つまるところ支えているのは肉声であって、それを失ったら舞台は舞台足り得ない。
八嶋はまさしく声を失っていた。
事の当初はそれこそ半狂乱であったが、それに音声が伴わない滑稽さに我に返ったのだと言う――声でなく身振りでそう言った。
こちらが誘導し判じなければならない『説教』は御免被りたい。瀧は起き上がる挙動に勢いをつけ、当然瓦礫のかけらを払い飛ばす際には罵声を忘れず、そして荒野へ降り立った。
「あー野球見てえー」
あのままの世界であったなら、あのチームはどうなっていただろう。本来ならシーズンがどこまで進んでいるのか、見当を付けることすらできなくなっている。
転がっていた木っ端を握る。石を拾い、ノックしてみる。三遊間を狙った鋭い当たりは、荒れ地の表面をしたたかに削り、石は砕けた。
場所も、時間もある。道具とて、こんなものでなく、探せば幾らでもあるはずだ。無傷のバット、ボール、グラブ。少なくともグラブは、あの戦乱でも『武器』として使われてはいないだろうから。
だが今の瀧には野球ができない。
物に触れることは出来る。飲食も、余談ながら排泄も。
死体に触れることも出来る。この段落は重複しているのではない。瀧の中では『死体』は『物』ではないからだ。
そして、生者の声を聞くこと、気配を察すること、この目で見ることが出来る。
しかし、瀧は彼等と接触することが出来ない。大破壊から今まで、瀧の存在に気付いたのは八嶋ただ一人だ。
自分が死んでいるのではないかと疑ったこともあった。それでも、死んだ人間が知人の遺骸をせっせと荼毘に臥してやるだろうか。その労働の後の筋肉痛に喘ぎながら、瀧は生を実感した。生きているのだ。何かを欠いてしまっただけで、確実に自分は生きている。
八嶋は声無き声で生き残りを導こうと奔走し続けるつもりのようだ。
やることもないので追随している。傍らに立つ瀧を、全ての若者が振り向きもしない。見えていないだけではないのだ。俺が失ってしまったのは、簡単な言葉でいえば『存在感』のようなもの――
声を失った俳優と、存在感を失ったタレント。それでも、生きている。
何より、この状況が特殊だと判るのは、こうして満喫する退屈さからだ。
生き残ったあいつらのように、血みどろになりたいと思わない。この世界を変えたいだの、新たな秩序だの、大層な理想も抱かない。これは全くもってだらしない限りだが、決定的に特殊なことだ。それは瀧も八嶋もしっかりと認識していた。
奇跡的に選ばれて、生きている。
しかし、何かを奪われた。
これは代償なのか?そんなことは正直どうでもよかった。
奇跡にも幾つかの種類があり、自分達はその内の『かなりタチの悪いもの』に引っ掛かっている。
この現状をどうにか打破したい。しかし、殺し合いに加わる気はない。
「野球してえなー」
瀧の声は荒野に向けて克明に響き、吹きすさぶ風が慌てるようにたちまち掻き消して行った。
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