・繰り返すが以下は全くの妄想でフィクションだから本気にしないようにするのす
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華やかな観光地の島に生まれた。サッカー選手の小父を持ち、自身もサッカーで身を立てることが夢だった。
12歳の時、ひょんなことからテニスを始めることになった。特に興味があったわけではない。ただ、ラケットを握ってコートに入ると、敵と呼べる者が居なくなった。目の前の道が長く澄み渡って見えた。己の強さを確かに感じた。
13歳、手淫のし過ぎで腱鞘炎になった。コーチについた伯父は「ラケットは左手でも持てる。さあコートに入れ」と言った。その日から、ラファエル・ナダルのテニスプレイヤーとしての人生が幕を開けた。
挫折らしい挫折はなかった。心からのライバルと呼べる相手も居ない。日々膨れ上がる己の強さのやり場の無さに、常に虚しさを抱えていた。
しかし、その男が目の前に現れた。ロジャー・フェデラー。精密機械のように完璧な男。一試合どころか、ワンストローク毎に進化していくように見える。
数年振りに抱いた焦り、激情、劣等感。それは壁に道を塞がれた感覚であり、何としても凌駕しなければならないと少年を奮い立たせた。
いつしかナダルもまた、フェデラーと同じ舞台を踏むことになる。幾度も戦った。勝ちもしたが、それ以上に敗れた。
あらゆる試合を糧に、ナダルは更に強くなった。殊クレーコートに於いてはその精神力で他を圧倒するようになった。既に世界有数のプレイヤーとして君臨していた。それでも、ウィンブルドンの決勝で彼を二度退けた男、フェデラーは眼前に立ちはだかり続けていた。
2008年、初夏。
心身共に充実して迎えたウィンブルドンで、ナダルは若い日本人のプレイヤーをからかったりして過ごしていた。今年こそ、と漲るものがあった。
そんな中、伯父でコーチのトニーが、血相を変えて駆け込んできた。
「よく聞け、ラファ。あいつは、フェデラーは普通の体じゃないんだ」
真っ先にドーピングが過ぎった。しかしナダルは苛立ちと共に笑い捨てた。何を馬鹿な。あの強さは、薬なんかで築けるものじゃない。
「そうじゃない、そうじゃないんだ。あいつの体は人工的に作られたものなんだ」
最も信頼する相手の形相に、腰を下ろさざるを得なかった「解るように説明してくれ、伯父貴」
「ロボットと言えばわかるだろう。なあラファ、ロボットは何で出来ている。金属や合成繊維、そういったものだ。それらは、人間の筋肉や骨より丈夫だろう。だから、もしロボットにテニスができたなら、人間より強くなる」
「でも今のロボットなんかは」
「最後まで聞け。フェデラーは違うんだ。あいつの“部品”は生身なんだ、あいつ自身の血肉なんだ」
「伯父貴、あんたが何を言ってるのか俺にはさっぱりだ!」
「ラファ、俺も混乱しているんだよ」
ロジャー少年は、幼い頃に大事故に遭った。科学者であった彼の父は、細胞を培養して息子の欠損した肉体を補完したのだった。
全て、ロジャー自身の細胞であり、それは現在完全に彼の肉体と一体化している。
「見た目だけじゃなく…あらゆる検査をしても、普通の人間とは代わらないだろうって話だ。だから今までこうして露見せずにやって来れてる。だが確かなのは、あいつは本当の人間じゃないってことだ」
「伯父貴。俺はテニスしか知らないバカだ。だから、どういうのが『本当』なのかはわからない。だが確かなのは、あいつは強いってこと、俺より強いってことだけだ」
その言葉通り、フェデラーは決勝まで駒を進めてきた。
3年連続となる対決を前に、ナダルは寝付けず宿舎の中庭で佇んでいた。
気付くと、その男が傍らにいた。
「やあ、ラファエル。隣に座っても良いかい」
「構わないが、変わってるな。お袋だって俺の隣には座りたがらない」
「どうしてだい?」
「食いカスをボロボロこぼすからだと」
「今、何か食べてるかい?」
「いいや」
「じゃあ、大丈夫だね」
「聞いたんだろう、僕の話を」
「ああ…聞くことは聞いたが、意味がほとんどわかりゃしねえ」
「難しいようで、そうでもないことなんだよ――Es bueno hablar en espanol?(スペイン語で話した方がいいかい?)」
「あんたが“部品”で出来てるってのは、本当なのか」
「Si。父が再現してくれた、“ロジャー・フェデラーの部品”で構成されている。あの事故で残ったのは、骨格が半分ほど、内臓は1/3ばかり、そして脳が少しだったそうだ。だから、それ以外が“部品”と考えてくれればいい。
最初の10年は、『自分の肉体を、自分の肉体になじませる』ことに終始したよ。まだ幼かったし、とても苦労した。それから普通の少年と同じような生活をすることを『練習』した。そして、テニスを覚え直した…長い道のりだった。でも今は、問題なく動かせているけどね」
「そんなことは見てりゃわかるさ。
…なあ、あんたは一体何なんだ。“自分の部品”で出来てる…けど、それじゃ俺達だってそうじゃないのか?骨、筋肉、同じ赤い血が流れてるんだろう?それに、薬であれこれ余計なモンをすっ飛ばしてるわけでもない。なあ、人口受精だの代理出産だの、そういう出自と何が違うんだ?
あんたはSF映画みたいなロボットアームを内蔵してるわけじゃない。これから先、生身の人間より早く走れる義足みたいなモンができるだろうけどよ、あんたの体はそういうんじゃないんだろう?あんたの強さはあんた自身のモンだ、そうなんだろう?じゃあ、あんたと俺の違いは一体何なんだ?」
「――僕にもわからないよ。あの日からずっと、考えて来た。でも、未だにわからない。ただ、この事実を知って、そんな風に考えてくれたのは君が初めてだ」
「Sr.Nadal、一つ頼みがあるんだ。僕は、この肉体でどこまでやれるのか確かめたい。この肉体が本当の人間とどう違うのか。超えられるのか、同じなのか…或いは、既に超えているのか。それを確かめたいんだ。
僕は今回、この大会までにバックハンドを徹底的に鍛えた。“人間の限界を超えた試合”にも耐えられるように。だから、もし君が明日の試合で、僕のバックハンドを攻めようと思うなら、一切遠慮はしないでほしい」
「言われなくても、遠慮なんかするつもりはない」
「ああ、そう言ってくれるだろうと思っていたよ。良い試合をしよう、ラファ」
翌日。
二人はまさに伝説となる試合をした。二度までも雨に阻まれながら、集中力は途切れることがなかった。
ナダルはずっと、心の内で唱え続けていた。
ただの人間の俺が、どこまでやれるか見せてやる。
俺もあんたも、替えの効かない部品で出来ている。そいつが擦り切れて火を噴いて壊れるまで戦い続ける気力を、少々どこかが痛くてもどれだけ無様でもボールを追い続ける姿を見せてやる。
そして、あんたに負けたくないと言うこの思いを見せてやる!
「あんたは機械でもなければ完璧でもない。俺に負けるんだからな。だが、俺はあんたを尊敬する。大した男だと心から思うよ。あんたは諦めなかった」
「ああ、負けたくなかった、君に負けたくなかったからね」
「俺も同じさ」
新しいチャンピオンは、握手を求めた。敗れた男はそれに応じた。
「同じさ、俺も、あんたも」
8月。
ナダルはオリンピックの表彰台の一番高いところに立ち、母国の国旗を見上げていた。
報道陣から解放され、会場を後にしようとした時、観客席の中に同じ色のメダルを下げた男が居ることに気付いた。
「勝ったぜ、見ての通り」
「『負けたくなかったから』かい?」
「ああ、負けたくなかった。あんたに勝った後だから、余計にな」
「僕も同じだ。だから、君より先に貰っておいた」ダブルスのメダルは、隣にいるパートナーの分と合わせて二枚だ。そして男は、スイス選手団の旗手をも勤めた。
俺にはできない、とナダルは首を竦めた。
自分はただの人間で、今後もそう在り続ける。そして、恐らく自分にはテニスしかできないだろう。何よりはっきりしていることは、自分は天才ではないということだ。これからも泥臭く汗にまみれて走り回るしか能がないだろう。『完璧な』とか『精密機械のような』とは、生涯称されることはない筈だ。
それでもテニスを続けるのは、負けたくないからだ。恵まれた者に、貧しさから這い上がってきた者に、男前に、そうでない者に、年上に、年下に、同い年の者に。全ての相手に、負けたくないからだ。
そう気付くまでの道を、常にこの男が塞いでいた。ずっとこの男の背を追い掛けていたのだ。今、ようやく同じ道を走り出した気がした。
ただの人間の自分が、どこまで一緒に走れるか――
ナダルは手を伸ばし、金メダル同士を軽くぶつけた。道はどこまでも長く澄み渡って思えた。
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・妄想おわり。散々書き散らして投稿しようと思ったらクソ忍者がまたメンテ中だった。
・何でこんな妄想に到ったのか今となってはわからないけれども、一つ確かなのは僕はフェデラーを嫌いじゃないってことです。あまりに強い、という意味の比喩的表現であって、貶める意図じゃない。オーケー?むしろ好きなんだよ。
・ちなみに「おじさん(叔父か伯父か不明)がサッカー選手」ってのと「途中で左にスイッチした」という部分は合ってると思う。
スイッチした理由は普通にコーチの薦めだと思うが、『実は上記の通り』だったら最強に可愛いんだけどな
・フェデラーの口調はこれで100%満足です