・兄弟の住む街の外れに小さなバーがある
『fellow』という小さな看板を出しているが、一般の客は少ない
二人居るバーテンの片方の腕に惚れた好事家か、
彼らの弱みを握っている連中が商談に使うか
ほとんどが後者であり、自ずと二人にとっては安らげる仕事場ではない
・二人の名はフクダとトクイ
フクダはこの仕事を選ぶに当たって猛特訓を積み、資格まで取った
無愛想ではあるがシェイカーの腕は確かである
トクイは対照的に全くやる気を見せず、常に気怠い雰囲気
しかしその圧倒的な美貌に惹かれる者は老若男女問わず少なくない
・二人は10年ほど前にほどほどに売れたバンドのメンバーであった
シングルがチャート4位と8位くらいになった。ファーストアルバムは3位くらい。
アニメのED曲だったりしたので今も耳にすれば「ああ、あったね」と思い出す者も多いだろう
しかしバンドは不意に業界から姿を消した
・原因はボーカルだったトクイの不調である
当時の音楽シーンに詳しい者であれば「手術してからパッとしなかったんだよね」という認識であろうがそれは正確なものではない
アルバムを出して所謂軌道に乗り始めた頃にトクイが声帯ポリープを発症
変わってしまった声質を思い悩みトクイは迷走し始める
無闇と内省的になり、歌詞は軒並み暗いものになっていった
それはコアなファンを招きはしたものの、当時バンドに期待されていたものではなかった
最終的に手術を余儀なくされ、バンドは活動休止
休養から復帰へ到るまでの間に精神状態は悪化の一途を辿っており
活動を再開してからも以前のような詞、以前のような歌を世に出すことができない
バンドは簡単に忘れられていった
・作曲担当やギタリストなどはそれぞれ今も活動しているらしい
ベースを弾いていたフクダだけがトクイの傍らに残った
解散や事務所の離脱にあたりいろいろあって借金を抱えることになったが
二人こうして生きていくことを選んだのだ
・しかしそれらが切欠でトクイは声を出せなくなった
厳密に言えば発声会話は可能なのだが、そうすることが恐いのだ
自分の声が全ての元凶だ、という思い込みから逃れられないのだ
・無愛想な男と喋らない男
二人の店は尋常でなく静かである
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