兄弟篇についてご存知ない方は
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晴れた日
庄司は兄の墓参に付き合っていた
前を歩く兄は、新聞紙に包んだ菜の花を下げている
月命日の墓参に帯同するようになって数年
弟が連れられて来たことは一度もない
不意に兄が足を止めた
墓前に黒いスーツの男が佇んでいた
喪服にも見えるその服装は以前見かけた時と変わらない
黒く長い前髪の中から、やはり黒く大きな目を陽光に顰めてこちらを見遣った
「ご無沙汰してます」
兄は若干距離を置いた声の発し方をした
「おう…」眠そうな声で男は短く応じる
兄が動かないので庄司もバケツと熊手を持ったまま立ち止まった
兄は小さい声で「置いてええよ」と言った
男は低く抑えた声で尋ねた「あいつはどうしてる?」
「元気にしてます」
「誕生日やったな、4日か」
「2日です」
「ん…」
男はさして意に介す風でもない。今日が何日でも何月でも、さしたる興味はなさそうだった
「いくつになった」
「31です」
「そないなるか…」しばし感慨深げに俯いていた男は「となると、俺はいくつや」と呟いた
兄は躊躇いがちに「44にならはるんちゃいますかね」と言った
しかし男はそれも特に問題ではなさそうだった
そうか、と小さく応じると、二人の脇を抜けて出口へ足を向けた
すれ違って数歩、男は振り返った。しばしの沈黙の後、顔を上げ、真っ直ぐに兄を見つめた。その目には俄かに力が宿り、射抜かれれば何らかの作用があるかのようにさえ思える。端から見ているだけで息が苦しくなるような緊張があった。しかし、兄は正面からそれを受け止め逸らさない。
「来週、また仕掛ける」男の低音の声には凄みがあった「今度は相当なとこまで追い込む筈や」
兄はしばらく黙っていたが、菜の花を持ち替えると苦しげに言葉を繋いだ
「叔父さん、俺は…」
「今更、躊躇うことがあるか?」
「俺は、もう…」
「降りるんか」
叔父である男の、兄を殺された弟である男の声に厳しさが増した
「俺は…聡に辛い目遭わしたないんです。怨みとか憎しみとか、そんなんを背負わせたないんです」
男は兄を長く見つめていた
しかし、庄司の足元のバケツで杓が小さな音を立てたのを機に、踵を返した
「俺は続ける」
言い残された一言がいつまでもその場に残っているような気がした
兄は帰宅まで無口なままだった
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