どせいさんの かくればしょで ごじます。 ぽえーん。



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 兄弟篇についてご存知ない方はまとめページからご覧下さい
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 礼二の店、今夜は店主自ら厨房に立つ。
 料理を本格的に学んだ経験はないが「人真似や、何でも人真似。赤ん坊の頃言葉覚えたんも人真似やろ?それと同じ事」中華鍋を振るいながら、ウソ中国語も迸る。
 カウンターの隅で絵師がクスクス笑っている。
 
 チャーハンは今日は休日である。部屋の灯りがないのはいつもの通りだが、テレビの明滅も見えないところをみると留守なのだろう。
 その行く先を知っている者は誰も居らず、それを気に掛ける者もない。
 と思いきや、
 「大将は…なしてあげな男ば雇いよんしゃあと?」赤い顔の不動産屋が訊ねる。日頃のマシンガントークも酔いが回ってもったりとしたものになっている。
 「何や、気に入らんか?」
 「好かんたらしかねぇ…何ちゃああの口の悪かこと。腕は良かっちゃろうけどねぇ」
 「口聞かんといたらええだけの話やないか」
 「…@*%#+」
 不動産屋は何やら呻いたが、レンゲを持ったまま突っ伏した。
 隣で黙々と白飯をかき込んでいたその連れが背に上着をかけてやる。
 
 「どないもならんで、今さら」礼二、皿を洗いながらボソリと。
 
 テーブルから有野さんがビールのお代わりを取りに来る。
 「俺もよう知らんけど、あの子どこの子なん?」
 口調ははっきりしているが、目が完全に酩酊のそれだ。
 「今日はこれで終いやで先生」
 手渡しながらも礼二、声のトーンが落ちる。
 「どっかの子や。調べたけどな、どっかの子としかよう言わん」
 
 出逢いは偶然としか言えないものだった。
 料理人を探して歩いていた礼二が、三度続けて遭遇したのがチャーハン。
 まだ二十歳そこそこだったが腕は確かだった。
 しかし、その握り固めた火薬のような気質から、どの店からも採用されずにあちこちを転々としていた。
 流行らなくともよい、ただ形として店舗さえ構えたかった礼二が拾い上げた。
 店の“副業”に余計な口を挟まず、少々の事には動じない。
 まだ少年の面影も残る当時のチャーハンに、肝の強さを見たのだった。

 「あいつも料理の勉強みたいなことはしてへん筈やねん。
 専門学校行きたかってんけど、金が足りんと」
 中卒で様々な店の厨房へ飛び込み、体で覚えた技術なのだ。

 礼二も直接にはほとんど聞いていない。後に絵師と共に調べただけだ。
 幼い頃に両親が離婚し、父方母方その親戚とたらい回しにされ、最終的に実質一人になった。
 少年に愛情を注ぐ大人も、金をかけてくれる大人もいなかった。
 そして少年は早々に故郷と血族に見切りを付け、単身街へ出た。

 「こんな筈やなかった、ってよう言うてるわ。何や言うたらそれや」

 全て、少年にはどうしようもない外因だった。
 環境も、外見も、素養も、才能も。
 自分ではどうしようもない。全て自分のせいではない。
 誰かの、何かのせいで、自分は辛い思いをしている。
 夢を追えないのも、そもそも生きていくことだけでも辛いのも、全て自分のせいではない。
 こんな筈ではなかった。
 親がしっかりしていてくれたら、見た目良く生まれていたら、もっと都会に生まれていたら、誰かがそばに居て支えてくれたら、誰かが自分を見出してくれたら、こんな筈ではなかったのだ。
 もっと賞賛されていい。もっと光が当たって然るべき人間だ。力があるのに、それを発揮できていないだけだ。
 
 「俺は人とはちゃうねん、て思とんねや。ずっと。今も。
 ガキやねん、いつまでも。っしょーもない男やで」

 礼二が話し終える頃には、有野さんはすっかり寝こけていた。
 代わりに身を起こした不動産屋が、酔いと同情で目を赤くして「そげん…」そこまで言ってやるな、と言いかけると
 
 「俺もそうやから、わかんねん」
 礼二は己に言い聞かせるように言い添えた。
 
 「俺には兄貴が居ったから、」
 さらに礼二がそう付け加えようとした時、不動産屋は天を仰いで泣き出した
 「そうたいそうたい、まんの悪かことはどげんもこげんもなかばってん、まっこときつか!はがいか!人生のむつかしか!」
 徐に万札を取り出して伝票とともに握り
 「釣りば要らんです!小銭の貯まったところでねえ!使う間のなかですもん!」オイオイ泣く
 隣から連れが立ち上がって肩を貸しながら「釣りは下さい。あと領収証、鶴屋不動産で」
 
 二人が引き上げ、オカラさんが有野さんを迎えに来、兄と庄司が仕事の帰りに夜食を買いに訪れ、そして店は絵師と礼二だけになった。
 ずっとカウンターの隅に居た絵師が店の裏に目をやると、チャーハンの部屋の灯りが一瞬点ってすぐ消えた。
 兄が居ない男が帰ってきたのだ。弟も友人も居ない男が、今あの部屋に帰ってきた。
 「剛さんよ、ぼちぼち閉めよか」
 「そやな」
 絵師はカウンターを拭きながら、真っ暗になったその部屋を見遣った。
 俺には礼二が居ったから。
 言葉には出さぬまま、夜は更けていく。

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