宵昂園は薄暮の中
リハビリの帰りに立ち寄ったツカっちゃんは桜の枝を見上げて花見の日取りを勘定した
取り落としたオーブンの天板の角が砕いた足の骨は順調にくっつき、冬も終わった
思わず一人ほくそえむ
池のほとりに義弟を見つけ、片足を引きながら歩み寄る
拓ちゃんは出始めのアメンボを見つめて体育座り
「一緒に帰るか?」
「あーうんでも俺まだ寒くないなー」
「そうか」
苦心しながら隣に腰を下ろすツカっちゃん
そして義弟の指先の色を見て、上着を脱いで背負わせた
「なーあのさーあれ博とかって治るんだろ?」
唐突ではあるが拓ちゃんは何でも唐突なのでツカっちゃんは慌てない「どういうことや?」
「何かあのほら、恐いのとかさ、人とか。博とか何かここんとこさ、何か、ふつうっぽいじゃんか、ちょっとは」
「ああ、そうやなあ、ちょっと元気そうやな」
「だからあれだろ?治るんだよな、たぶんさ」
草を摘んで、池に投げる。波紋の中央にアメンボが寄ってくる。その手元を見ながら、少なくとも拓ちゃんよりはいろいろと解っているが故に、簡単に答えられないツカっちゃん
「聡とかゴトーとかもさ、治ったらいいのにな。何かほら、あれだろ、聡とかはさ、治んないんだろ?」
「そうとも言い切れへんで、多分な、俺もようわかれへんけどな」
「ツカっちゃんもわかんねえことある?そーなんだ。けど何となくさ、何となく、聡とかは治んないんじゃねえかって思う、俺はさ」
草を摘むペースも、語調も一定で、拓ちゃんに感慨のようなものは見られない
それだけにツカっちゃんとしては一段と返答に窮する
「あの兄貴いるじゃんか、金髪のさ、名前忘れちゃったけど。あの人とかっていい人じゃんかさ。だから何、聡とか、バカなの治ったらさ、いいのになって思うよ。みんな幸せになるんじゃないの、今も幸せかもしんねーけど、もっとさ」
日が落ち、急に冷たい風
促して出口へ向かう、岡田の車が待っているはずだ
しかし着いて来ない足音を振り返って芝生の上を引きずる足を止める
「俺もバカなの治ったらいいのになあ」
沸き上がった嗚咽を誤魔化すために、ツカっちゃんは何度も咳をした