・夕闇迫る街
何やら手に提げ背を丸めて歩いてくるB
・アパートの付近で物陰に隠れ待っていると
どこかから帰ってきたらしい弟、いつにも増してふらふらしている
と言うより『足下がおぼつかない』レベルで、つい身を乗り出すB
・一段一段階段を上り、部屋のドアが閉まる
と、次の瞬間には庄司が部屋から飛び出し階段を転がるように降りて行った
・どう見ても鍵が掛かっていないようなので
どうしても気になったので
そろりそろりと階段を上って行くB
案の定ドアには隙間が空いていて…
・覗くと床に弟の頭が!
「おい、大丈夫かよ」思わず上がり込む
「んー」
「んーじゃねえよ、どしたんだよお前」
敷居の真ん中に倒れている弟を無意識に抱き起こすと、衣服の上からでもはっきりと判る熱感
「すごい熱じゃん!寝てなきゃダメじゃないのお前?!」
「どあー」
「あ、そういうことかよ、閉めてやるから早く寝ろって」
「んー」
・部屋の隅に敷かれた布団へ這っていく弟
我に返るB、そっと部屋を出ようとすると
「ごめんください」やけにええ声!
ギクリとするB、出て行くことも隠れることもできないので硬直しているとドアが開き
「どなたか居られますか」とええ声と鋭い目が覗き込んだ
・黒の上下同士とは言い条、全く立場の違う二人。一瞬完全に静止するが
「お兄さんか庄司さんは居られますか」モノの冷静な声が先手を打った
・「し知らねえ、俺、ちょっ、今、あの、あいつが」完全に挙動不審「俺ちょっとあの帰」
腕を掴まれ「何です?」眼光鋭く「――住居侵入でお話伺った方が宜しいですか」
「いや違違」
・またずりすりと這ってくる弟「かぁしまさん?どないしたん?あ、いらっしゃい」支離滅裂
「これは。どうされましたか」
「しょー兄な、おくるりもらいにいった。兄ちゃんはあさからおれへんの。でな、ねてなさいていわれた。そいでおれめっちゃさむい」
「それはあきませんな」布団へ連行し「暖こうせなあきません」額に手を「大変な熱や」肩口をぽんぽんと叩いて均し「寝とかなあきませんよ」
その自然な動きに嫉妬よりも羨望を抱くB
・「そうですか、庄司さんはおくるりを貰いに行かはりましたか」真顔のええ声で
「す、さっきだぜ、ついすぐ、今」Bもまた支離滅裂
「成程。ほなちょっと待たせてもろたら帰って来はりますかね」
「じゃじゃあ俺帰」
「おっちゃーんのどかわいーたー」
さてどちらのおっちゃんか。一瞬目を見合わせて
「水、」
「いや、白湯がええでしょう」ポットから勝手に汲んで「持って行ってあげて貰えますか」(ズコーズコー)「また湧かしとかなあきませんね」
・Bが枕元に湯飲みを持っていくと
「えぷろんー」
「ああ?」
「えぷろん…しょー兄の…あすこにかかってるから…つこて…」
台所の隅にピンクのチェックのエプロンが掛かっている。
じっと見ているモノ、使わないわけにいかない状況であることは理解した「ほな、拝借しましょうか」上着を脱いで、白いシャツ黒いネクタイにピンクのエプロン
顔を背けてちょっと笑うB
・「せっかく前掛けしたことですし」冷蔵庫を開け「何や作りましょか」
「いいのかよそんな、勝手に開けちゃって」
「それもそうですね」手を止めるも「まあ、開けてもうたもんはしょうがないですね」ガサゴソ「おかゆさんでもしましょうか…」
・手際よく米を量り、卵を溶き、ついでにみかんの缶詰を開けてシロップを煮詰めたりするモノ
この上なく所在ないB、図の赤い星の位置で体育座り
(名前はそれぞれの寝室、弟は『6畳』の文字辺りに寝ている)
・一通りの支度が済んだ頃には、弟は寝ついていた
「ほんなら、ラップかけて置いときましょう」メモ書きもしておく周到さ
すると聞こえる急ブレーキが二つ、階段を駆け上がる足音が二つ、さらに二つ
・「ごめん遅くなって!超混んでて」「聡ダイジョブか!兄ちゃん帰って来たで!」同時に飛び込んで来てドアに挟まる兄と庄司
「やったーやっぱりおっちゃん勝ったーこれがプロの腕ープップー」「何ば言いようとですか俺んとが速かったでっしょうもん!カーブとか!」不動産屋とオカラ目を見開いて張り合う
「静かにしてもらえませんかね」ピンクのエプロンが静かに怒る「もう寝てはりますんで」
一気にシュンとなる4名、が
「え、何で居んの」「ああ俺のエプロン!」
・運転手二名は早々にお引き取り願った
(併走しながら口論は続いた様子→後に礼二の店で和解→不動産屋テンション上がって号泣→徒歩で迎えに来る相方)
・エプロンは「いいですよ、別に…洗わなくても」受け取りながら出来上がった品々の完成度を横目でチラチラ見る庄司
そしてモノはようやく目的を果たした「助かりました」先日の草野球で敷物を借りたのだった(わざわざ駐車場でホースで水ぶっかけて両面洗った)
・「で…ジブンは、何?」心底わからない顔の兄
「別に、何でもない」逃げ出したいB
「そうや、何でもない言うことはおかしいんちゃうかと言うことです」また睨まれる
「何でもなくはないんだけどさ、別にそんな何か変な、そんな…」もう諦めた「あそこに置いてあんのを渡しに来ただけなんだよ!」
一同の目がそちらへ向いた隙に脱兎の如く逃げ出すB
階段の最後のあたりを踏み外したらしい音
・「何やろ」袋から取り出したのは鉢植えの蕾「コレ何やろね庄司」
ささっている札を読み上げる「クロッカス。日当たりの良いところで…」ちょっと口ごもって「これ、ホワイトデーのシールですよね」
「あ、そうやね」兄ちょっと眉根を寄せ「安売りか?」
「怒るトコそこすか?」
「成程、生憎こういう場で鉢植えやったら、出しにくいのもわかりますね」
「刑事さんも何か着眼点違うと思うなオレ」
・弟が嬉しそうに窓辺に置いて眺め(ながら寝込み)、
快復する頃には小さな紫の花が開いた
そしてその頃にはモノとBが貰った風邪で寝込む羽目になった
__________
【おまけ】
・弟が風邪を引いたのは、昼間まさる達と川で遊んでいて足を冷やし、そのまま兄の帰りを土手で待っていたから
・庄司が布団を敷いた速さは歴代最速
・庄司は薬局から出てきたところで不動産屋に遭遇、裸足で走っているのを呼び止められて乗せてもらうことに
・不動産屋はハンドルを握っている際に信号待ちに遭遇すると必ず『
博多祝いめでた』を歌い出す
(もちろん不動産屋は山笠が大好きだ)
その「えーいーしょうえ――」の声音があまりに鬼気迫るものがあるので同乗者は必ず震え上がる
今回の庄司も例外ではなかった
・ということなので相方はなるべく不動産屋に運転をさせないようにしている
信号開けやトンネル開けなどの加速が尋常でないということもあるが、運転中に泣き出したりもするからだ
今日は一人で仕事をしていたら不動産屋がいつの間にか買い物に出掛けていたという事情
・兄は仕事の帰りに庄司の携帯に「何か買うもんあるー?」と緊張感のない声で電話した
すると庄司は「10人待ちなんすよ!」と医者の前で金切り声を上げていて、その瞬間兄もまた駆け出した
・そこへ博を送った帰りのオカラさんが通り掛かって乗せてもらうことに
・と、交差点で二台の車が遭遇
信号待ち(祝いめでた)中にオカラさんが「智春さんもこっち乗り」と何気なく声を掛けたことで不動産屋は自己を全否定されたような気分になった!(病気なので)
そして「いいや亮さんのこっち乗りんしゃい」「何でやねん?おっちゃんプロやで?安全迅速確実に」と張り合ってしまったのが運の尽き
法定速度限界のデッドヒートで兄ちょっと酔う
・Bの素性をモノは当然知っている
しかし直接捜査に関わっているわけではないし、逮捕状があるわけでもないのでとりあえず放置
・アパートの間取りは当然全室ほとんど同じ(押入の位置が違う程度)
ちなみに隣室はもじゃもじゃ、その隣が白い男
さらに白い男は自室ともじゃもじゃの下(一階部分)も借りている。自室の下は水槽置き場、もじゃもじゃの下は資材置き場。精神的安定の為でもある。
そして兄弟の部屋の真下は礼二が借りている。これも兄弟への心遣い。
・兄弟の部屋の机はちゃぶ台。
・Bは本当は14日に渡したかったのである
しかし延々とグズグズして今日に至ったわけ
・Bが階段をこけ落ちながら走り去るのをAもまたカレーパンくわえて追走
「バイクはどうすんですオザーサン!!」
・弟は自分でも当然できるのだが兄に「ひえぴたはってー」
病気の時にはまだまだ甘える(31歳)
・数日後の巡査の家に電話「熱が出たで」(ええ声のかすれ声)
「誰や?明か?」
「熱が出たで」(電話切れる)
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