・例の街。曇天の一日だったが、日暮れ間近に霙が降り出した。
・雨宿りしていた弟、通り掛かったいぬきちさんに保護される。
犬吉さんの部屋は簡素ながらきちんと整頓され、そこここに可愛らしいものが飾られている。
牛乳を温めてもらっている間、タオルをかぶった弟ちょっとキョロキョロして
「オーヤさんはおれへんの?」
「華ちゃんは、今病院たい」
「そうなんや。さみしいねえ」
「ん…いっつも一緒に居るわけでもなかけん」
「そうなん?」もうちょっとキョロキョロして「あれ?いっしょにすんでんちゃうの?ここオーヤさんのおうちちゃうの?あれ?やって、なかよしやんか」
犬吉さんカエルの形のカップを置きながらほんのり笑って
「仲良か者が必ず一緒ん住みようとだったら佳かねぇ」
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・冷える割に湿っぽいなと思っていたら案の定降り出した。隠れる物がない土手の一本道、降りて迂回するより走った方が早いに決まってる。ただ袋の中の海苔、麩。奮発した菓子パン。濡れたら困る。
だから脱ぐ。俺は濡れても平気、だと思う。上着を袋にかけて、露わになった肩・腕・胸の皮膚が外気に触れて引きつるような…いや、平気だと思う。
背後からガーガー車輪の音。ローラーブレードか。もう振り向きもしない。どうせすぐ追い抜かれる。
「真冬の雨にタンクトップってバカなのお前w」
「はいバカですからほっといて下さい」
それだけ返してぐいぐい歩く。とにかくこの人を相手にしている暇はないのだ。
と、違和感をおぼえて思わず顔を上げた。
「だな。バカだもんな」
そう言いながら徐行して併走する横顔、この人、こんな目をする人だったか、髪、こんなに長かったっけ。
「バカはお互い様か」
嫌な予感がした。今までこの人の正で遭った酷い目、そういうイヤさではなくて、何かもっと、ぞっとする気分になった。
足を止める。恐いと思った。隣に亮さんが居ないのが、すごく不安だ。
「なあ、お前さ」一旦距離を置いて、そして振り返って、両足を前後に交差させながら、言った「オレんトコ来ねえ?」
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