・その男はパーカーのフードを深く被り、ポケットに手を入れたまま歩いていた。
首を前後に揺らし、何か軽く口ずさんでいるようだった。長い足はリズミカルにひび割れた路面を蹴り、時折ステップを踏みさえしていた。
ノッていた。有り体に言えばノリノリであった。
・腹を空かせ、それ以上に血に飢えた暴徒たちにはその様子が羨ましかったし、解せなかった。そして許せなかった。どの理由であったにせよ、見逃すわけにいかなかった。
・怒号と奇声と共に振りかぶられた様々な武器、そして激しい敵意を、男は軽く屈んでかわした。
そして爪先を最寄りに居た暴徒の膝にひっかけ、逆の足で後ろに居た者の腰を横凪ぎにし、さらに隣の顎、さらに顳と次々に蹴って、最後には一人の頭頂部を踏み付けるようにして輪の中から抜け出した。
・左手がようやくポケットから出され、それは同時に出されたであろう小さな機械を操作していた。蹴撃を受けずに済んだ暴徒のうち冷静さを取り戻した数名は、それがボリュームを調整する動作だと理解することが出来たかも知れない。
・そして男は左耳だけヘッドホンを外し、片目をしかめてこう言った
「いいトコなのに、うるさい。」
暴徒のうち今時のミュージックシーンに多少でも興味のあった者は、その声で相手がKREVAと呼ばれていた男だと気がつくことが出来たかも知れない。
しかしその意識も、次の瞬間には蹴り飛ばされていた。缶蹴りの最初の一蹴のように、躊躇も容赦もそこにはなかった。
__________
・済まない、嘘だ。嘘なんだ。ピエール瀧が生きているからってここまでやりだすと収拾がつかなくなるんだ。
でもたまにはやりたくなるんだ。僕が楽しいだけなんだ。雄志君もLITTLEさんも生きているんだ!
PR